『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

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怒ることを覚えなければ、怒りをコントロールできない

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男の産後うつ絶頂の時、私が悩んだことのひとつに、怒る自分をやめたいということがあった。

 

いろいろな本を読んだり、試行錯誤したり、カウンセラーさんに相談をしたりしたんだけど、「怒ることを覚えなければ、怒りをコントロールできない」という私なりの結論にいたった。

 

どういうこと❗❓

ちょっと説明してみたいと思います🙆

 

 

怒る自分が止められない💦

なんとかして怒る自分をやめたいと思っていたころ、そもそも自分は何に怒っているのかを洗い出してみたことがあった😅

 

  • 相手に無能を感じる
  • 間違いを指摘される
  • 相手が思い通りに動かない
  • 他人の言動に悪意を感じる
  • 気を使われる
  • 依存される・利用されているように感じる
  • 劣等感を感じる
  • 声が小ささ、滑舌の悪さから聞き返される
  • 話が伝わらない
  • 拒否される(見捨てられたと感じる)

 

これらは誰に対しても感じるわけではなく「この怒りはこの人にしか感じない」という傾向があることにも気づいた。

例えばだけれども、「話が伝わらない」というのは、奥さまに対してしか湧いてこない怒りだったりした。

 

奥さまに対してささいなことで怒ってしまう

ある休日のこと。

私が奥さまに「買い物でもあれば、行ってこようか?🚗」と聞いたことがあった。

すると奥さまは「えっ❗❓一体何のこと❓」みたいな、怪訝な顔をした(ように見えた)。

 

その日私は、奥さまを休ませてあげようと、子どもちゃんを連れて外へ遊びに行くということをあらかじめ奥さまに話していたんだけど、

「今日は子どもちゃんと遊びに行くんじゃないの❓なぜ買い物など言い出すの❓」

という主旨のことを、奥さまに言われた。

 

その時フツフツと怒り💢が湧いてきた。

 

子どもちゃんを連れて出かけたついでに買い物に行くつもりだったのに、なぜそれがわかってもらえないのかと、話が伝わらないことにイライラ😠が募った。

 

こういうことは仕事上でもよくある。

でも、怒りとして態度にでてしまうのは奥さま限定だった。


奥さま限定という怒りがあるのは、おそらく私自身のママを奥さまに投影して(重ねて)いるからじゃないかな。

私のママは論理的に話ができる人ではなかった。いつも一方的に、主観に満ちた、相手の立場を考えない感情的な発言に、私はうんざりしていた。


その時の感情が、奥さまとの会話がかみ合わない時に、思い出されるのだと思う。

 

怒りをただ感じ、味わい尽くす

今、こうして自分で書いていてもアホらしいと思うけれども、信じられないくらいささいなことでいちいち腹を立てていた😅

 

つまらないことなのに……という自覚はあった。だから、こういうことで怒るのをやめたいとずっと思っていたのだけれども、なかなかできない。

0.1秒でココロが勝手に動いてしまうので、理性では抑えきれない😥

 

そうしていろんな本を読んだり、カウンセラーさんに相談したりしたんだけど、一つ共通するアドバイスがあった。

それは、怒りにフタをせずに、ただ感じるということ。

こっちは怒りを止めたいのに、怒りにフタをしなくてもいいってどういうことだろう❗❓と半信半疑だった。

 

「感情の井戸」では、怒りが他の感情のフタをしている

これについては、二冊の本📕が的確に説明をしていたので、ちょっと引用をしたいと思う。

 

まずは一つ目。

 

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

 
  

泉谷閑示さんの「『普通がいい』という病」には、こんな挿絵があった。

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自分のココロの中の無意識の領域(心、感情の領域ともいう)には「感情の井戸」というものがある。感情にはフタをされていて、怒り→悲しみ→喜び→楽しさの順で入っている。

 

怒りを解放しなければ、その下にある感情(特に喜びや楽しさ)は現れない、ということが、この図で示されている🌂

ちょっと補足をすると、↓のような感じ・ 

 

すべての深い感情は、どれも尊重すべき大切な感情であって、「ネガティブは無しにして、ポジティブだけでいきましょう」というのは、曇りや雨なしにいつも快晴でいきましょうということと同じで、それでは砂漠になってしまう。怒りや哀しみの自然な発露は、喜びや楽しみと同じくらい大切なものです。

 

どうすれば怒ることを覚えられるのか

中島義道先生の「怒る技術」によると、目を閉じて、時には紙に書き落として、相手の顔や言動を思い出して、怒りの炎をたぎらせる、とある😅

 

怒る技術 (角川文庫)

怒る技術 (角川文庫)

 

 

 中島先生は40時間以上この怒りの感情を持続させられるのらしいけど、私はせいぜい20分くらいだな😅

 

私のカウンセラーさんからは、とにかく相手の事情などは一切考えず、どんなに理不尽でも一方的に怒るのがよい、とも教えられた。

 

怒りの炎が消えていく

こうやって怒りを味わっていくと、私の場合、左のみぞおちのあたりに、黒いモヤモヤがうごめくのが感じられるようになった。

私はそれをまっくろくろすけと呼んでいた。

怒りを20分くらい味わっていると、まっくろくろすけが消えていく。

 

これを何度繰り返しても、怒りそのものはなくならない。

ただ、怒りが燃える時間が短くなるのは感じられた。

 

これを半年くらい続けたのだけれども、ある時ある出来事をきっかけに、怒りが起きる回数も激減することになった。

そのことは、また別の機会にでも書こうと思う😌

 

なぜ怒りを味わうと怒りを制御できるのか

怒りという感情は、世間一般では表に出してはいけないことになっているよね。

だから自分も怒ることを我慢をする😣

我慢していると、そのうち「怒りを感じる自分はダメな人間だ」と思うようになり、そんな自分を自己嫌悪するようになる。

自己嫌悪が進むとうつ状態になる。

 

怒りを味わうということは、自分に禁じてきた怒りの感情を出すことを、自分に許可をするということ。

怒ってもいいんだよと、自分で自分の気持ちを認めてあげること。

認めてくれるのは、他でもない、唯一無二のかけがえのない自分。そんな自分から認めてもらえたことが、自己肯定感につながる。

 

そうして怒りの感情を解放すれば、その下に眠っているポジティブな感情も感じられるようになる、ってことで😊

 


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写真はお初天神。お初と徳兵衛は、来世で結ばれたあと、産後クライシスにはならなかったかなあ🤔