『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

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『「男脳」「女脳」のウソはなぜ、どのように拡散するのか』

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いやあ、この記事面白かった😊

結論としては、アカデミックな領域では、今のところ少なくとも形態上、男女の脳に違いは見られない、ということらしい。

(だからといって、将来にわたり、男女の違いは見つからないとは言い切れないけどね)

 

 

natgeo.nikkeibp.co.jp

 

「男女間に統計的な有意差が見られた」という研究結果もよく見られるけれども、男女の平均の差よりも、個人差の方が大きいよねってくらいのものらしい😲

 

でも、こうした研究結果がネットで独り歩きして「男はこう!」「女はこう!」と決めつけて(レッテル貼りして)広がっていく、ということみたい。

 

例えば、終わった恋愛への態度について

「男は別名で保存」「女は上書き保存」

ってネットではよくいうけれども、一体何の根拠があって言っているのか❓😅

そんなのケースバイケースに決まってるじゃんか。ねえ❓

 

私は、この男女の違いについてのレッテル貼りって、とても危険な行為だと思う。

 

人間は一般的に「理解できない」という状態に不安を覚える。

だから安心するための材料として、理解できない対象に向かって「あのカテゴリーの人たちは○○な人だ」とレッテルを貼って、わかったつもりになって安心する。

たとえば、女は感情的で、男は理屈っぽいとか、そういうのがレッテルね。

 

レッテルというのは、自分の属する集団の外にある集団に対して貼るのが一般的。

レッテルを貼るという時点で「別の集団扱い」なわけよね。

   

こういうレッテルが増えれば増えるほど、男女の亀裂が拡がるように思う。

亀裂が広がると「理解できない」という状態に拍車をかけるので、一層レッテルを求めてしまう。

 

男女の違いについて単純化された記事を、ネットでなんとなく目にする回数が増えるほど、必ずしも正しくない異性観が積み上がっていくとしたら、こんなに怖いことはないなあと思う。

 

「男(女)とはこういうものだ」と、自分が安心できる分類、自分に都合のいい分類に相手を落とし込むのではなく、個々の人と向かい合うことはできないものかな。

 

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以下、はてブコメント返しです。

 

id:gattolibero さん>>だいぶボーダレスになりつつあるのは感じますね。私も、生きやすい世の中が当たり前になってもらいたいと思ってます❗

 

id:yoshitakaoka さん>>そうでした。異国でお過ごしになる高岡さんは、特にレッテルの圧力をお感じになる機会は多いでしょうね。

 

id:nukoblog さん>>元記事にもありましたけれども、男女の差があるといっても、ヒストグラムの形状はほぼ同じでしたね。当たり前のことですが、どちらも同じ人間ですし、個人差はあってしかるべきですもんね。