『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

自分が癒やされれば、家族も癒やされる。

私が癒やされれば、家族も癒やされる。そんな関係を模索するブログ。

私自身が幸せになること抜きに、円満な家庭を築くことはできない

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私が小学校高学年くらいのころ、家族でドライブに出かけた帰りのこと。

どういう話の流れからこんな発言が出たのかは覚えていないけれども、私のパパとママの前でこういうことを言った。

 

僕が大人になったら、お嫁さんの言うことは全部聞いてあげる。そして、家の手伝いもする。そうすれば、夫婦ケンカにはならないから

 

この言葉を信じて、私は何十年も生きてきた。

 

しかし今思うと、なかなかこれは危険な思考だな、と思う😓

 

 

家事・育児にがんばる私

そういう危険思考を信じて生きてきた私は、まあそれなりに家事・育児をやっている。

しかし、これは私がやりたくてやっているのとは少し違う。

夫婦ゲンカにならない家を作るためにやっているのね。

もっというと、私のパパとママは夫婦仲が最悪で、四六時中ケンカをしていたので、あんな家庭を作らないぞという目的のためにやっているのね。

 

私の中から自発的に湧き上がるような、奥さまや子どもを愛しているから家事・育児をやる、というのとはだいぶ違うんだよね。

 

お嫁さんの言うことは全部聞いて、家事育児も完璧にすることなどできない

で、こういう信念だけでは、現実はうまくいかない。

奥さまの言うことを全て聞くことなんて不可能なわけよね。

  

ある時、ネットかどこかでこういう記事を見た。

 

家庭円満のためには「してほしいこと」を奥さまに訊くだけでなく「やめてほしいこと」を聴くことも重要

 

私は「なるほど……」と思ったのだけれども、これを奥さまに訊くのに、心がものすごく抵抗をした。

こんなに私頑張っているのに、これ以上「してほしいこと」や「やめてほしいこと」を受け入れなきゃならないの❓という気持ちがあった。

 

それでも、訊かなきゃ私は「円満な家庭」を作れないと思っていた。

 

それを訊かれた奥さまは

「あれもして」

「これはやめて」

と言うのだけれども、私は素直に聴くことができない😅

素直に聴けないけれども、私から訊いたのだから、受け入れなければならない。


でもそれは自分の意に反して受け入れているので、ストレスだけがたまる。イライラするし、不安や孤独になる。

そうやって心が不安定になり、家族関係もかえってギスギスしたものになった。

 

私自身が幸せになること抜きに、円満な家庭を築くことはできない

円満な家庭を作ろうとする意気込みは、まあよしとしよう。

でも自分の気持ちを偽ってまでも譲歩してしまうことは、かえって不幸な家庭を作るのではないかと思う。

 

私自身が幸せになることを抜きに、円満な家庭を築くことはできないしね。

もしできたとしても、それは円満なように見えて、爆弾を抱えた家庭に他ならないじゃない❓

 

家族といえども、やりたくない要求には嫌と言うことのほうが、円満な家庭が築けるのではないかな。

 

そして私がチャレンジしたいことがある。

それは「こういう家族を作ろう」という理想を捨てること。

下手な理想があるから、その理想通りにいかない自分や家族を恨んでしまうのじゃないかと思ってね😉

 

今この状態の家族でよいのだ、と受け入れる。

もちろん簡単なことではないのだけれども、これがよい家族関係を維持するコツじゃないかな❓って思う。 

 

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以下、はてブコメント返しです。

 

id:yuuhinooka さん>>はい、相手の弱みや限界をうけいれること、大切ですね。

 

id:baumkuchen2017 さん>>おわかりいただき、ありがとうございます😊

 

id:mroreself さん>>はい。頑張ることを「呪い」のように固執してしまうのがまずいと思います。いろいろとお辛いでしょうが、改善することを祈っています。

 

id:yuasayo1013 さん>>おっしゃるとおりですね。理想そのものは悪くはないと思いますが、拘泥させるとロクなことがないですね。

 

id:kame710 さん>>はい。現状を肯定できないというのは、ある意味で自己否定でもあると思います。今のままでもよいという肯定は、ある程度は必要だと思います。

 

id:nir888 さん>>おっしゃることはよくわかります。内容と状況にもよるかな、と思います。

 

id:satorukamoshida さん>>そうですね。主張はやはり必要だと思います。