『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

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【産後クライシス失敗談】自分の怒りが理不尽だと気づいても止められない

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自分は正しい――。

多かれ少なかれ、誰しもそう信じて生きているんじゃないかな。

もちろん私もそう。

 

なかなか「自分は間違っている」と認めるのは難しいよね。歳をとるとなおさら💦

そんな中でも「これはさすがに私、間違ってるだろ😫」と自覚した時の話をしたい。

 

 

 

保育園での父の日イベント後

私の子どもちゃんが通う保育園では、父の日イベントがある。

普段忙しく、保育園に来ることができないお父さんと子どもが一緒に遊ぼう、という趣旨のイベントなのね。

先生に、父子で遊ぶネタを教わる、みたいなイベント。

 

このイベントは楽しく過ごすことができたのよ。

問題は、このイベントの数日後のこと。

奥さまが私にこう言った。

 

奥さま「この間、父の日イベントに行ったでしょ❓参加者アンケートに記入してって保育園から言われているから、書いておいてくれる❓」

 

ごくごく当たり前のお願いよね。奥さまには何一つ間違ったところはない。

でもね、それを言われた瞬間、私は怒鳴っちゃったの😓

「なんで俺がやらなきゃいけないんだっ❗」って。

 

このセリフに最も驚いたのは、他ならぬ自分だった。

自分でも「私、相当おかしなこと言ってる😵」って自覚しながら怒鳴ってたのよね。

これ、完全にDV男のパターン。

自分を正当化するつもりはさらさらないけれども、自分の意志ではなく、本当に自然と口から出てきたんだよね。この理不尽なセリフが。

奥さまもさすがにあ然としていた。

 

もうこんなことで怒鳴るのは止めようと思っても、簡単には止められない

それ以前も、奥さまに怒鳴ることは何度かあった。

しかし私は、

「私は悪くない。私の気持ちをわかってくれない奥さまのほうが悪いのだ」

と、奥さまに責任転嫁していた。

 

でも、この出来事があって、私の怒りは正当なものではない――むしろかなりヤバイ――とはっきり自覚ができた。

(奥さまにはその後、ちゃんと謝りました😓)

 

「自分は理不尽に怒鳴っている」と自覚してる。だからもうこんなバカなことで怒鳴るのはよそうと決意するのね。

ところがその後も、理不尽だとわかっていながら、怒鳴るのは止められない。

怒鳴りながらも、できないのは私の意志が弱いのだと自分を責めていた。

(これは依存症のパターンでもある)

 

どーすりゃいいの❗❓と悩んだとき、たまたまこの本に出会った。

著者の岡本茂樹さんは教育学者なんだけども、要約するとこんな感じの本。

 

犯罪者は、逮捕されて服役し「もうしません」と反省させても、再犯はゼロにはならない(むしろ結構高い)

犯罪者自身が自己と向き合い、本人の抱える生きづらさを解消してあげないと、本当の意味での更生はできない

 

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

 

 

あっ、私ももしかして、怒ること自体を止めようとする以前に、怒る背景となってる自分の人生に向かい合わなければいけないんじゃないか❓と気づかせてくれた。

 

怒りの背後には何があるのか

怒りの感情は、俗に「二次感情」と呼ばれるらしい。

怒りの感情を引き起こしている怒りの元というべき、もう一つの感情があるといわれており、そのもう一つの感情を「一次感情」と呼ぶのだとか。

一次感情には、焦り、不安、嫉妬、憎悪、自尊心、困惑、恥などがあるらしい。

 

私の怒りの背後にある「恥」と「不安」の感情

私の場合、怒りの背後にあるのは「恥」と「不安」だったんじゃないかと思う。

例えば、父子イベントのアンケートにしても

「的はずれなことを書いて『おかしなことを書いてるw』と先生方から笑われるんじゃないか」

とか

「『こんなこと書かないでよ❗』と奥さまから責められるんじゃないか」

と、恐れていたんじゃないかと思う。

 

かなりゆがんだ認知をしているなあと、今思えば本当に不思議なんだけれども、うつ状態のときにはこういう気持ちが確かにあった。

 

このような不安が根底にあって、それをごまかすために怒りを偽装した、と言えばいいかな。(こういうのをアドラーでは目的論っていうんだっけ?)

怒りは高いところから低いところに流れるという傾向もあるので、怒りを表明しやすい奥さまに対して現れてしまったのだと思う。 

 

私は弱いと正直に認める

私は、父親や男というものは、強く正しくなければならない、弱いところを見せたり、間違ってはいけないのだと思い込んでいたのよね。

強くなければならないという思いが強すぎて、できなかったらどうしようという不安も強くなりすぎたのだろう。

あたかも、物体に強い光を当てると、濃い影ができるかのようにね。

その不安を、怒りでごまかしてたんだと思う。

 

怒りを抑えるため、自分の人生に向き合う

これに気づいてから、カウンセラーやセラピー、ワークショップなどを使い、自分の人生の棚卸しをするようになった。

特に「強く正しくなければならない」と思い込んだ、自分の生い立ちを徹底的に振り返った。

(今のところの結論は、不仲だった生まれ育った家族関係で生き延びるには、自分が強く賢くなるしかないと思い込んだことがきっかけだったと思っている)

 

こういう振り返りは回り道感があるし、即効性があるわけではなかったけれども、改善のきっかけには確実になっている。

 

理不尽な行動だと自覚したからといって、行動を即座に改められるほど、人間の心は合理的じゃないのかもしれないね。

 

えっ❓私の心が弱いだけだろって❓

うん、そうよ。私の心は弱いのよ😊

 

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以下、はてブコメント返しです。

 

id:teamKAKA22 さん>>ありがとうございます。嬉しいです😊

 

id:yuuhinooka さん>>ミントさんもさぞお辛かったことでしょうね。これはご本人の問題ですから、ご本人が「裏側」に気づかないと改善は難しいかもしれませんね。

 

id:jflkg4u さん>>ありがとうございます。照れくさいのであまり褒めないでください😅

 

id:mostag さん>>おっしゃるとおりですね。自分を守るために怒っているのだと思います。自分勝手ですよね。

 

id:casemaestro89 さん>>はい。要は甘えているだけなのだと私も思います。

 

id:cycle8b さん>>誰だって自分が間違っているのを認めるのはキツいですね。

 

id:kame710 さん>>ご自身の態度が拙いというよりも、そうなってしまう(そうせざるをえない)人生を送ってきてしまったのかもしれませんね。

 

id:satorukamoshida さん>>はい。怒ってるときは引くに引けない気持ちなんですよね。

 

id:VirtualInsanity さん>>ご質問ありがとうございました😉

 

id:noabooon さん>>お恥ずかしいです。オカマの独り言です😉

 

id:yoshitakaoka さん>>ヨシさんの考える「怒り」を、ぜひ作品として読んでみたいです😉

 

id:one-chance さん>>私は言い訳できないくらい理不尽なことで怒るレベルまでいったのでたまたま気づけただけだと思いますよ😅