『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

自分が癒やされれば、家族も癒やされる。

私が癒やされれば、家族も癒やされる。そんな関係を模索するブログ。

自分の正しさをかけて殴り合う私

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私のブログの「下書き」には、66日前にほぼ仕上がっているけれども、まだ投稿できていない記事がある。

 

その記事のタイトルは

「夫婦双方が納得できるとい家事・育児の分担比率はあるのか」

というもの。

 

私自身の経験だけでなく、内閣府の調査資料や、研究論文を根拠にして、それなりの時間をかけて作った記事。

裏づけもしっかり書けた……けれども「この記事は何かが違う」という気持ちが残ったままなのよね。

 

きちんと書けたと思ってるのに、違和感があるって変だよね😅

 

 

 

自分の正しさをかけて見えない敵と戦う私

私、正直に言うと、ブログを始めた当初は

「俺はちゃんと家事も育児もやっている!ほかの男と一緒にするな!」

と、主張したい気持ちが結構あった。

 

「男は家事・育児をしない」と、男性を一括りにして語る人を(主にはネットだけど時々リアルでも)見かけることがあったから。

 

そういう人に出くわすと、脈絡なく奥さまの顔が浮かんでくるのよね。

あたかも

「もうちょっと家事と育児を手伝ってよ❗」

と奥さまに言われているような気がする。

(奥さまはそんなことを言う人じゃないよ。私がそう勝手に感じてるだけ)

 

別に誰も私自身を責めているわけではないのだけれども、「男は家事・育児をしない」という主張を見ると、自分が責められていると感じてしまう。

そんな私は、私の正しさをかけて、見えない敵と殴り合う気マンマンで、ブログを始めたところがあるのよね😅

 

くだんの記事は

「夫婦の家事・育児の分担比率は50:50が正しい」

みたいな主張をどっかで見かけて、憤慨して勢いに任せて書いた記事でした。

そういうドス黒い、怨念のこもった記事だったのです💦

 

だんだん殴り合うのも疲れてきた

ところが最近、うつが体から抜けたからなのか、自分自身が満たされてきてからなのか、正しさの証明のために殴り合うような議論をするのは疲れるようになってきたんだよねえ😥

 

特に家事・育児論は、自分の生まれ育った家庭環境や親子関係、夫婦関係、個人の価値観までも背負ったぶつかり合いになりがちだし、正論をぶったって相手の意見を変えることなどできない。

相手を打ち負かし、自分を押しとおすためだけの正義と、罵り合いに落ちてしまう。

私がこのブログで目指したい「自分が癒される」とは真逆の方向だね💦

 

「私は正しい!」と正しさに固執してしまうことが、私の生きづらさの原因の一つだと自覚していたはずなのに、それを緩和してうつを抜けたと思ってたはずなのに、長年の習性というのはホントに恐ろしいわ😥

 

「正しさ」に執着しない手段として女装するようになったはずなのに、まだまだ女装が足りないのかもしれない。


というわけで、記事はさっき消しました😊

 

いい機会なので、私はこれから「自分の正しさ」を証明するために、感情にまかせて殴り合うことをしないように心がけてみようと思います。

いきなりはできないだろうけど、できるところからボチボチと😊

 

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