『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

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地上にあがる階段に見える空

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地上にあがる階段の先に、空が見えることがある。

このアングルで空を見ると、なぜだか「もっと頑張らなきゃ」って思ってしまうんですよ。

  

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そんなことありません❓

(ないか……😅)

 

地下道さえもロクにない田舎育ちの私にとって、地下道から空を見る❗っていうのは、都会の象徴でもあるんだよね。

なんかよくわからないけど「上にいく」っていうのと「上り詰めたときに何かがありそう」って予感がするんじゃないかな、この絵面に。

 

まあ、上り詰めたところで、人と車とビルくらいしかないんですけどね。

 

こういう風に思うようになったのって、社会人になってからだと思う。

今でもはっきりと覚えている。最初に勤めた会社の最寄り駅の地下鉄の階段で「もっと頑張らなきゃ」って思ったことを。

 

「もっと頑張らなきゃ」――。

私の場合は、急かされるようにそう思っていたな。

自分で言うのもアレだけど、勉強や仕事は相当やった。

その上、面白くて楽しい自分を演じていたから、敵はほとんどいなかったし、だいたいどこにいっても「ミナオくんはいい人だね」と言ってもらえた。

でも、私は全然満たされなかったな。

そりゃまあ、褒められたり、何かをやり遂げた瞬間は嬉しいのよ。でも、それは一瞬だけの花火。それが自分の屋台骨を支えるような自信には一切つながってはいない。

 

それは自信に根拠が必要だと思っていたからだろう。

自信の根拠とは「TOEICで○点とったら自信になるだろう」とか「フルマラソン完走したら自信になるだろう」というもの。

こういう根拠を求めるのは際限がない。TOEICで○点を取ったら嬉しいだろうけれども、もっともっと高い点を取らないと自分が満足できなくなる。

そもそも、そんなお手軽&簡単に自信なんてつくはずがない。苦しいけれども自分と徹底的に向かい合って「根拠なんかなくたって、きれいな部分も汚い部分もひっくるめて自分は素晴らしいのだ」と思えなきゃ、本当の自信にはならない。

そしてその方法は、そこらへんに簡単に転がっているようなものではなく、自分の内面とひたすらに向かい合うことでしか得られない。

 

ところでさ、よく「成長するためには自分を追い込め」と言われるじゃない❓

これはこれで一つの真実だとは思うけども、自己肯定感という前提条件が欠けているんじゃないかって気がする。

「自分が自分を肯定する」という基盤があってこそ、成長するための努力が活きてくるんじゃないのかな。

 

自分を否定しながらムチを入れ、ぜいぜいと息を切らしながら、空を目指して階段を登りきったとしても、そこに見えたものが地獄だったとしたら悲しすぎる。

 

昨日、そんなことを思いながら、地上にあがる階段に見える空を見ていた。

私、もっと頑張らなきゃなって。

自分を肯定することをね😉