『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

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JO様は有能なカウンセラー

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先日、ほにゃららバー(叩いたりいじめたりするのが好きな人のいるバー)に行った時のことを記事にしたのだけど、わっとさん(id:watto)から、こういう分析を頂いた。

 

一人でほにゃららバーに行って、女装してJO様と話したときのこと(微エロ注意) - 『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

JO様というより有能なカウンセラーみたいだ。

2017/07/25 09:25

 

わっとさん、さすがの洞察力❗

私、JO様と接しているときに

「この人、誰かに似てる気が……」

と思っていましたが、うまく言い当てることができず、モヤモヤしてました。

そう。JO様はカウンセラーだったのです😉

 

先日の投稿とは違うエピソードから、このJO様の姿を浮き彫りにしたい。

 

 

ショーでスポットライトがあたるのはM子ちゃん

くだんのほにゃららバーでは、女王様とM子ちゃんによるショーがあるのだけど、それを見ていて気づいたのは、常にスポットライトがあたるのはM子ちゃんということ。

JO様は、スポットライトの外側を行き来し、手際よく縛ったりシバいたり、という動き。

これは、当店のお客さんにMが多いからなのか、それともほにゃららショーは一般的にそうなのかは、私には判断できないけど、私の想像とは少し違った点。

もちろん、JO様とM子ちゃんとでショーを作っているのは間違いないんだけどね。

 

ショー後、息が上がるJO様

ショーが終わったあと、JO様が私のテーブルにきて、接客をしてくれました。

(前回の投稿で、JO様の口調を誇張してしまったので、今回はリアルに書きます)

 

私「すっごくよかったです❗前のめりで見ちゃいました❗❗」

JO様「ありがとうございます😊 それはよかったです~(ぜいぜい)」

 

その時、JO様が肩で息をしていることに気づいた私。

 

私「息上がってますね」

JO様「そうなんです。私は、いつもショーが終わるとこんな感じでね」

私「ずっと動きっぱなしでしたもんねえ」

JO様「う~ん、動きっぱなしというのもあるけど、ちょっと違うかな❓」

私「というと❓」

JO様「これはどっちかというと、精神的なものだと思いますよ。ショーをしている時は、やはりかなり気を使ってるし、M子ちゃんから目を話せないし」

私「それは安全面で、ですか❓」

JO様「ええ。それが大きいかもね」

 

確かに一つ間違えばケガの元。

私が見たショーは、ろうそくの火が衣装に燃え移るんじゃないかとヒヤヒヤするようなシーンもあって、大惨事になりかねないもんね。

そして万が一、そのようなことがあれば、お客さんのプライバシーも守れなくなってしまうかもしれない。

 

M子ちゃんのほうはどうか

その後、M子ちゃんが私の席についてくれた。

 

私「さっきのショー、よかったですよ❗怯え顔が上手ですね😉」

M子ちゃん「ありがとうございますぅ~。怯え顔、よく言われますぅ😅」

私「ろうそくの火、怖くなかったですか❓」

M子ちゃん「もう何回もやってるし、大丈夫ですよ。JO様に任せてますからね」

私「安心してやってるってことです❓」

M子ちゃん「私、縛られちゃって動けないから、すべてをJO様に委ねるしかないですからね😄」

 

この会話を聞いていた、隣のテーブルに座る女性客。

 

女性客「いいですよね〜😊 私も命の危険までも委ねたいですっ!」

 

なかなか考えさせられる言葉だと思う。生命までも握られているというのに、そこに魅力を感じるというのだ。

これが、信頼できる人に自分を明け渡すことで得られる癒やしなのだと思う。

 

暴力を癒やしの力に変える能力を持つ者

この「明け渡しによる癒やし」を演出するのがJO様の役目、というのは大げさすぎるだろうか。

つまり、ムチやろうそくでいたぶるのが役割ではなく、M子ちゃんが自分を明け渡せるよう配慮し、それができる場をつくることが役割というか。

なんというのかな……ムチやろうそくって、人を傷つけることもできるわけじゃない?

それを「任せるしかない」「命の危険までも委ねたい」と思わせることで、一挙に癒やしの手段に変わるのよね。

 

これはカウンセラーも同じかなあと思うのは、

「どうしました?悩みを話してください?」

と、信頼ある人から安全な場で訊かれるのと、見ず知らずの人から雑踏の中で訊かれるのとでは、全くこちらがの受け止め方がか変わるよね。

信頼している人ならば我が身を委ねられるだろうし、見ず知らずの人から自己開示を強要されると、それはある意味暴力でもある。

 

暴力にも癒やしにもなるという点では、言葉もムチもろうそくも全く同じであり、それを癒やしの力に変える力量をもつ人が、有能なカウンセラーであり、JO様なのだろう。

観点を違えて言うと、信頼関係や安全な場の構築がない中での一方的なほにゃらららしきもの、カウンセリングらしきものは、暴力による支配と服従に他ならない。

 

ショーの終わりに

ところで。

さんざんムチやろうそくでいたぶるショーは、JO様がM子ちゃんを優しく抱きしめ、おでこに口をつけることで終わった。

怯え顔の上手なM子ちゃんが、安堵の表情を見せる。

ハラハラしながらショーを見ていた私も「ああ、よかった」と、心の中が温かい何かで満たされるように感じた。

 

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