『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

自分が癒やされれば、家族も癒やされる。

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無能感を漂わす人に厳しい私

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私は仕事柄、他社の同業者とチームを組んで仕事をすることがままある。

不寛容で怒りっぽい私は、同業者にも怒りをむき出しにすることがあって、結構恐れられているのであった😥

 

 

それ、本質じゃねーだろ!

私の仕事では、お客さんに報告書を提出することがしばしばある。

そういう場合、私が報告書を書いて、同業者の人にその内容を見てもらってから提出するのだけけど、ある時こういうことがあった。

 

同業者「あの~ミナオさん。この報告書なんですけどね」

私「どうかしましたか?」

同業者「ここ、誤字がありますよ」

私「ああ……すみません……」

同業者「それとここ、改行したほうがいいんじゃないでしょうかね」

私「なるほど……」

同業者「あと、このグラフの凡例の位置は、ここじゃなくてここのほうがいいんじゃないでしょうか」

私の心の声(ちょっ!それ、本質じゃねーだろ!)

 

私としてはですね、そういうことじゃなくて、報告書にかかれている分析内容が妥当かどうかや、お客さんの課題に対応した解決策になっているかどうかの意見がほしいんですよ。。

(そういう風に説明したはずなんだけどね……😅)

 

私「わ、わかりました。直しておきます。ところで、分析内容なんかはどうでしょう……(おそるおそる)」

同業者「んー、比較的よくまとまっていると思いますよ😉」

私の心の声(比較的ってどういう意味!?💢)

 

という具合に、同業者にイライラすることがある。

私はすぐ顔に出ちゃうので「ミナオは厳しい」と恐れられている。

 

同業者にだけ発動するイライラ

不思議なことに、この手のイライラは、同業者にだけ発動するんだよね。

お客さんとの直接のやりとりでは、お客さんの指摘が本質じゃなくても、特に何も感じない。

でも、同業者だったら、こんな風に反応してしまうんだよね。

 

これは心理学でいうところの「投影」でじゅうぶん説明がつく。

wiki先生によると、投影とは次のように説明されている。

 

自己のとある衝動や資質を認めたくないとき(否認)、自分自身を守るために、他の人間にその悪い面を押し付けてしまう(帰属させる)ような心の働きを言う

 

この例の場合、私は、私の職業的な立場として、自分が無能であることを恐れている。

無能であってはならない。無能であることは価値がなく、価値がなければ愛されないと私は信じきっている。

だから、私が認めたくない「無能感」を同業者の中に見出すと、

「私は仕事で努力して『無能』であることから抜け出そうとしているのに、なんで同業者のあなたは平気でそんな言動をするの?」

という気持ちになっているのだろう。

 

一方、お客さんは、私と立場が違う。

(私はサービスの提供者であるし、お客さんはサービスの受益者だからね)

立場が違うので、お客さんにはこういう気持ちは発動しない。

 

よく言えば仕事に一生懸命なのかもしれないけれども、当の本人である私はこれを「ちょっと病的だなあ」と思っている。

 

これも結局は自分の問題なのだ

しかしこれも結局は自分の問題なんだよね。

自分が恐れている無能感を、勝手に誰かに見出して、厳しくしているのは私自身。

表面的な技法や知識で武装してはいるけれども、その内面は、誰かに無能の烙印を押されないようにビクビクしているわけだからね。

誰かに高く評価をしてもらいたいと思いながら、低い評価を恐れている。

 

私自身が「無能だって思われたっていいじゃん」と割り切るようにならなければ、この傲慢な性格は変わらないのだと思う。

ただ、長年染みついた思考の癖を割り切るのは容易ではなく、地道に自分と向かい合っていくしかない、それは長い長い道のりになるだろうけど。

 

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