『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

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代々木忠監督に教わる「制度の世界」と「本音の世界」

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私が敬愛する人物の一人に、ΑV監督の代々木忠氏がいる。

どのあたりが尊敬するかというと、人の心に焦点をあてている点。単なる交わりを撮るのではなく、心と心がつながる男女の関わりを撮ることにこだわっている点かな。

 

例えばだけれども、こういう観点で、監督は職業的な洞察をしている。

週刊代々木忠 : アーカイブス019 上流階級のお嬢様が教えてくれたこと

(そうはいうものの、監督の作品はほとんど見たことがない私💦)

 

あなたの地獄を天国に変えるために

監督の著書に「オープンハート」という本があって、その著書は「あなたの地獄を天国に変えるために」という副題をもつ。

2名の女優と、代々木忠監督自身という、生きづらさを抱える人の性と生を描写した物語。

 

オープン・ハート―あなたの地獄を天国に変えるために (幻冬舎アウトロー文庫)

オープン・ハート―あなたの地獄を天国に変えるために (幻冬舎アウトロー文庫)

 

 

本の趣旨を私なりに簡単にいうと、人は

  • 「制度の世界」(理論・理屈・知の世界)
  • 「本音の世界」(感情の世界)

の両方をもっているが、どちらかに偏り過ぎると不幸になる、という話。特に現代人は「制度の世界」に偏り気味なので、鎧を脱いで「本音の世界」を探求しようという内容。

 

理論・理屈・知と感情のバランス

私はかつて、明らかに「制度の世界」の住人であり、感情を理屈で押さえ込んでいたことがあった。具体的には20代くらい頃は、自己肯定感を高めるために理論武装に走った時期があった。

私は、自己肯定感を高めるために理論武装に走って、いろんな資格もとったし、大学院まで出たけど、根本的にはなんの自信にもなっていない。自分の外側たる「制度の世界」をいくら強固にしても、内面の「本音の世界」を育てなければ自信にはなりえない、という代々木監督の言葉は、実感をもって理解できる。

 

感情の世界たる「本音の世界」を育てるには

本音の世界を育てるには、親しい人に自分を明け渡すことや瞑想があるという。代々木忠氏はΑV監督なので、明け渡しの方法として「相手の目を見た男女の交わり」があげられていたが、単に親しい人に相談をもちかけるだけでもよいとある。

性に若干の嫌悪感を持つ私にとっては、相談するだけでもいいっていうレベルまでハードルが下がってほっとする😅

 

私は個人的に、女装も「自分を明け渡すこと」の一種ではないかと思っている。男性たる自分が、見た目だけだけど女性の姿になるというのは、男らしらという土台に築かれた「城」を明け渡す行為だと思っているからね。

 

生きづらさの解決策としての「制度の世界」からの脱却

私はうつ状態になり、いろいろな自己啓発書を読んだ。私の心に残っている本で述べられている解決策は、そのほとんどが「自分が構築してしまった『制度の世界』を壊すこと」であったように思う。

制度の世界からの脱却とは、「既存の枠組みから脱却すること」と言い換えてもいい。

中島義道先生は「怒らずに我慢する自分(理性)から、怒る自分に変わる(感情)ことへの変化」であったし、同じΑV監督である二村ヒトシ監督は「男性が女性を支配すること(既存の一般的な枠組み)から、男性が女性に屈服すること(新しい枠組み)への変化」であった。

 

 

アダルトな職業に生きる人の目線

私はΑV監督や男優さんによる自己啓発的な著書がまずまず好きだ。彼らの本を読んでなるほどと思うことが多いのは、彼らが職業柄、裸(広義では社会的に隠匿されている行為)を晒すことで、結果として制度の世界のあっち側あるものを見てしまうから、だと思う。

裸になることは、自己開示(明け渡し)であり、制度の世界を自分の外側に築き上げて武装するのとは真逆の行為である。自己開示をすることで、人は自分の中心にあるものを見出していくのではないか……と思うのは大げさかな。

 

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