『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

自分が癒やされれば、家族も癒やされる。

私が癒やされれば、家族も癒やされる。そんな関係を模索するブログ。

目標などなくても、成長しなくても、自分はなんとかなる

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「自分はこうありたい」という目標を設定し、そこから逆算して、自分は何をすべきかを決める――。目標に向かって努力する人が素晴らしく、そうでない人はダメな人、というのが現代の一般的な考え方のように思う。

 

私も「目標に向かって頑張る」ことは正しいことだと思っていたのだけれども、最近は「目標なんてメンドクセ😫」という気持ちになっている。

 

 

目標を達成してきた私

別に自慢をするつもりはないのだけれども、私は「こうありたい」と思った自分を、割りと実現してきた。

例えば私は、中・高校生くらいのころから20代のころまで、外国語を駆使して海外を飛び回るビジネスマンというものに強烈にあこがれていたんだよね。

(バブリーなイメージだよね😅)

 

それを実現するために、英語を専攻とする大学に進学したいと思っていた。だから、中高時代は一生懸命に英語を勉強した。

「ありたい姿」から逆算して、自分は何をすべきかを決める。なかなか「合理的」な考えだね。

 

そこにたどり着いてしまったらどこへ行けばいいのか

で、念願かなって、第一志望の学校に入学することができたんですよ!

しかし間もなく、海外熱は急速に冷めていった😅

理由は単純。私よりも英語ができる人、海外経験が豊富な人が、同じ学部にはゴロゴロしていたからね。彼らに匹敵するのは「無理」と思っちゃったんだろうね。

 

私が次に目をつけたのはIT。当時、ウインドウズ95が発売されたばかりで、インターネットも普及しはじめたばかり。これからは情報化の時代で、マルチメディアだのインタラクティブだの言われていた。

そうして私は、情報通信系の企業に就職したいと思い、一生懸命にバイトをして、溜めたお金で高額なパソコンを買った。簡単なホームページなんかを作って公開もしたかな。

 

同じことを繰り返してしまう学習能力のない私

私は運が強い。念願かなって、情報通信系の大企業に就職することができた😊

しかしまた同じように、ネットやらパソコンやら情報システムとやらには、一切興味が持てなくなったのよ😫

その理由もやはり「ここには私よりもデキるヤツがたくさんいる」からなのだ。

ほどなく私には揺り戻しがおき、「英語しかない」という気持ちが再度湧き、やがて情報通信系の企業もやめてしまうのだった😅

(辛抱が足りない私)

 

目標達成をするとブレブレになる

私は何かの目標を立てると、かなりエネルギーを発揮し、目標を達成してしまう。

それだけを見るとすごい人のように思えるが、達成した後はブレブレなのだ。ブレてまた何かの目標を立て、そしてまたブレることを繰り返してしまっている。

私の目標設定能力がザルというか、目標を達成することが目標になっているというか、目標を達成しても他者と差別化できない自分を嫌悪しているというか、とにかく目標を達成したからといって、幸せになっていないのが私の人生。

目標を達成しても、うつになり、奥さまにDVを働くようにもなった。会社では鼻つまみ者扱いされているし、実の両親とは絶縁状態だ。

確かに目標に向かっている時のエネルギーはものすごい。達成した時の達成感もひとしお。しかしそれは徒花に過ぎないとわかってしまった感じがある。

 

「ここではないどこかへ」と思うところから苦悩が始まる

こういう経験から私は、目標が私を苦しめているように思うようになった。「ここではないどこかへ」と思うところから、苦悩が始まっている。過去を後悔し、現在に不満を持っているので、全てを精算して、ゼロから未来を作ろうと、目標達成に全てをかけてしまっているようだ。

しかしたどり着いた先はゴールではない。そこにたどり着いてしまったらどうなるのかは、自分にもわからないまま、ただやみくもに目標を追い求めているのだ。まるで、永遠に「これでいい」と満足できないラットレースのように。

ということで、少なくとも私は、目標に向けて成長するということに疲れたし、飽きてしまった。

(自分の目標設定能力に信頼をなくした、といいかえてもよい)


目標などなくても、成長しなくても、自分はなんとかなる

目標に向かって努力をしている最中は、目標を持たずに過ごしている人を見て、イライラしたり小馬鹿にしたりもする。

努力を重ねても進歩が見られない時には、果てしない自己嫌悪と戦わなければならない。

目標を達成した人を見ると嫉妬もする。

目標に取り組んでいる自分を誰かに認めてもらいたいという気持ちや、認めてもらえない時の怒りが自分をさらに苦しめる。

そこまでして目標を達成しても、喜びは一瞬であり、私はすぐにブレてしまい、必ずしも幸せにはなれないのだ。

 

「もっと高い目標を掲げて、ポジティブに、困難に負けず、いつも立ち上がり、理想の状態を求める。現状に満足するな。高みを目指せ。」

そういう意気込みで生きたとして、もし明日私は死ぬとわかったら、私は何を思うだろうか。きっと、高みを実現できなかったことを後悔しながら死ぬだろうと思うな😅


目標を達成し続けてきたから、反対に目標にこだわらない生き方にも価値を見いだせるようになった今日この頃。

物事は何事も相対的なのだ。

明日死んでも悔いのないように、今この瞬間を肯定しながら生きたい。

目標などなくても、成長などしなくても、私はなんとかなるのだ、と。

 

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