『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

自分が癒やされれば、家族も癒やされる。

私が癒やされれば、家族も癒やされる。そんな関係を模索するブログ。

被害者意識は自分が作り出したもの

【スポンサーリンク】

私が男の産後うつ状態最高潮の時には、かなり激しい被害者意識を持っていた。

当時の私は「私は正しい!間違っているのは向こうの方だ!」という気持ちを強くもっていたのだけれども、そんな私の被害者意識を振り返ってみたい。

 

 

奥さまが「話し合い」を忘れることを、内心喜ぶ私

子どもちゃんが生まれてからというもの、夫婦で会話をする時間がめっきり減ってしまったわが家。会話がないと、ギスギスするのよね。お互いが疑心暗鬼になったりして。

それじゃダメだということで、コミュニケーションの時間を取ろうということに決めた。具体的には、毎週月曜日はお互いがちょっと早起きをして、15分でも20分でもいいので、話をしようということにした。

 

ところが。うちの奥さまは朝が苦手。約束した時間に起きてこない💦

これに私はイライラをつのらせる。何度かすっぽかされると、

「奥さまは私と対話を望んでいないのだ」

「奥さまは私のことが嫌いになったに違いない」

「私を嫌う奥さまは、私にとっては敵である」

という思考の飛躍をしてしまう。

 

そして、自分で書いていても気色悪いのだけれども、奥さまが対話の時間をすっぽかすと、シメシメ……と、ちょっと嬉しい気持ちになるのよね😫

 

なぜすっぽかされると嬉しいのか

奥さまから、対話の時間をすっぽかされるとなぜ嬉しいのか。

私が「錦の御旗」を手にすることができるからだと、今は思う。

約束を破ったのは明らかに奥さまの方。私は、約束を破られた被害者である。非は100%奥さまにある。奥さまに面と向かって「私は正しい」「奥さまが悪い!」「間違っているのは奥さまのほうだ!」と批難する権利が得られる。その上、私は被害者として、第三者から共感と同情される権利を得られるというわけね。

これ、すなわち「錦の御旗」。

奥さまがすっぽかしたという事実は、被害者の私に正当性があるという「証拠」になるからね。

今思うと、歪んだ考えだな~って思うね😫

 

共感がほしいという悪魔のささやき

私のもっていた「被害者意識」の背後には、誰かに同情・共感をしてほしいという欲求があったのだと思う。

私にとって不利益な出来事を経験することは、必ずしも被害者意識には結びつかない。例えば外出先で雨に降られたとしても、被害者意識はめばえないだろう。しかし「誰かによる不当で、不公正な行為だ」と私が認知するような出来事だと、第三者の共感と理解を得やすくなる。そういう場合に、私は被害者意識が強くなるように思うのだ。

 

つまり

「ミナオくん、かわいそうだね。よしよし。ミナオくんは悪くないよ」

と言ってもらえそうな時に、私の被害者意識は強くなるわけよ😅

もちろん、根底には自己肯定感の低さがあり、低い自己肯定感を補うために、第三者の同情・共感を求めているのだろう。

奥さまのすっぽかしは、まさにその絶好の口実だったということね。

 

被害者意識は必ずしも「被害の事実」ではなく、自分が作り出したもの

しかし、奥さまのすっぽかしで、私が具体的な被害を被ったということではない。月曜日に早起きができなければ、火曜日に仕切り直せば問題はないのだ。そこに、被害の事実はない。

私はただ「ないがしろにされた私がかわいそう」というストーリーを自分で作り出しただけなんだよね。だから、この被害者意識から脱するためには、第三者からの同情や共感が欲しくて、ストーリーを作り上げているのは私なのだということを認知するところから始めなければならないんだろうね。

奥さまに対して「早起きしないお前が悪い」というのは、問題の根本解決にならない。きっとまた別の口実を見つけて、奥さまを批難するだけだろうからね。


私が作り出した被害者意識なので、奥さまのせいにするのではなく、私が責任を持ってケリをつけるしかないのだ。


f:id:minaminakun:20171001165554j:plain