『男の産後うつ』になったようだけど女装したら治ったみたい

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「あきらめたらそこで試合終了ですよ」の意味するところ

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先日、フルマラソンを途中でリタイアしたという記事を書きました。

 

www.utsu-joso.com

 

完走率97%の大会を途中で投げ出す根性なしの私なのですが、あれから2週間。「走りたい」という気持ちが湧いてくることに気がついています。

 

 

走るのを止めたからこそ走りたくなった

リタイア後、筋肉痛から回復すると、走りたくて走りたくてウズウズするようになった。昨日も4時におきて、18km走ってきたもんね😉

払暁の街を、日の出の方角に向けてただ走る。やがて明るくなり、人々が活動をしはじめる様を見ながら、時折出会うジョガーにも「おはようございます」などと声をかけたくなる。

足は思いが、心は軽い。そして走りながら思うのは「やっぱり走るのは楽しい❤」ということ。

 

これは、大会を途中でリタイアしたからこそ、走りたくなったのだと思う。抽選倍率が4倍近くの大型都市マラソンをリタイアしたということが、やはり心残りだったことが大きいだろう。それだけではなく、大会という非日常空間を走ることの楽しさを改めて感じることができたからではないかな。

 

あきらめることは本当にダメなことなのか?

ところで、小さな子どもちゃんを持つ私は、子ども向けのアニメをよく観る。プリキュアも、ディズニーも、仮面ライダーも戦隊モノにも共通することだけれども、とにかく「あきらめない!」というセリフが大量に散りばめられている(気がする)。

 

例えばちょっと古いけど、過去のプリキュアオールスターズの主題歌であった「キラキラkawaii!プリキュア大集合♪~いのちの花~」では、こんな歌詞がある。

一人ひとりが全力尽くすから みんなが光りだして虹になる
プリプリ・プリティー キュア・キュア・キューティー
オールスター・ビューティー
あきらめない、負けない!

 

 ディズニーには「ちいさなプリンセス ソフィア」という作品がある。これは、一般人である母親が、王様と再婚したため、王室に入ってしまった普通の女の子の奮闘物語という、なかなかユニークな作品。

シンデレラとかアリエルとかベルとかの伝統的なディズニープリンセスは、王子様と結婚しましたメデタシメデタシで終わるのだけれども、ソフィアに関しては、王室に入ってからの物語であって、伝統的なプリンセスの「その後」を描いているんじゃないかと思う。

で、このソフィアがやはり諦めが悪い😅 公式サイトにもこう説明されている。

普通の女の子からプリンセスになった女の子。持ち前の明るさと笑顔で何でも元気いっぱいにチャレンジ。

www.disney.co.jp

 

諦めないことは確かに大切なことだとは私も思う。しかし「諦めないことが是である」ことを強調しすぎると、息苦しくもあり、逃げ道を失ってしまうのではないかと危惧するところもある。

おそらく、このような子ども向けの作品で「諦めない」ことが強調されるのは、何事も諦めない子に育ってほしいという親のニーズを取り入れているのだろう。しかし諦めないことが子どもの「呪い」にならないかとヒヤヒヤすることも事実だ。

 

私はマラソン大会を途中で諦めた。しかし諦めた先に自分の心の中にめばえたものは「やはり走りたい」という気持ちだった。これは諦めたからこそ生まれたものだとも言える。

練習不足の私が、苦痛を押してマラソン大会を完走したならば、その瞬間は達成感もあり、爽快には違いない。しかし過去の経験から言っても、その後は「もう今年はフルマラソンを完走したからいいや」という気持ちになり、それまでストイックに走っていたのが急にだらけてしまい、暴飲暴食に走り、体重が数キロ増えてしまうということは、諦めない結果として起こりうることでもある。

 

そうした私が思うのは「諦めようが諦めまいが、それ自体はどちらでもかまわない」ということ。そして、諦めたとしても、必ず諦めたと言う事実に対して、自分の中で何かしらの感情が生まれてくる。その感情に向かい合い、また自分の行動を決めれば、それでいいのではないかと思う。それが自分に責任を持つということでもあると、私は思う。

 

「諦めたらそこで試合終了ですよ」

そういえばスラムダンクで「諦めたらそこで試合終了ですよ」という有名なセリフがあったなあと思い出す私。これ、どんなシチュエーションで使われたセリフだっけ……?っと思って、改めて調べてみた。

(なにせ私がリアルタイムで読んでいたのは、二十数年前なので、はっきりとおぼえていないんだよね……💦)

 

このセリフは、安西先生が中学時代の三井に対して、試合を投げ出すなという意味で一度使っている言葉なんだね。で、試合を投げ出さなかった三井は、逆転シュートを放ち、優勝をする。

しかし高校生になってケガでバスケを挫折した三井は、バスケを辞めてしまう(諦め)。で、三井は一度グレちゃうのだけど、その後、バスケをしたいという自分の気持ちに気づき、そしてバスケ部に復帰する、というストーリーだった。

 

三井は一度バスケを諦めてしまったけれども、その後に自分の「やっぱりバスケをしたい」という思いに向かいあっているのですよ。そしてもう一度バスケの世界へと戻る。そうして、湘北バスケ部には欠かせない存在になっていく。

 

このように、もっと長期的な視点で「諦める」ということを扱っているのではないか。「諦めたらそこで試合終了ですよ」という言葉は、字面だけを単純に読むと「目の前のことを何事も諦めない」ことを押し出しているように思うけれども、いったん目の前のことを諦めたとしても、長い人生の中でそれを取り返すことはできるというメッセージでもあるのではないかと、私は思う。

 

私は同じ「諦めない」を描くにしても、こういう作品のほうが現実的で、豊かで、人生に対する祝福だと思うな。

スラムダンクってやっぱりすごい😉